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三笑亭可龍 (118) 件名: 柳橋師の思い出 投稿日 : 2004年11月3日<水>23:52/東京都/男性/26才
昨晩は葬儀委員長の歌丸会長も肩を落としてました。自ら任命した副会長でしたし、柳橋師のこと慕ってましたからね。
伝説的な厳しさの三代三木助師に唯一気に入られていた師、当然厳しい面もあったのだろうけど、僕は優しい顔しか見たことなかったな〜。
まだ前座の頃、名古屋までご一緒したんですが、ご一緒することが決まってから師に「お前さん、味噌煮込み食べたことあるかい?」と聴かれ、「ありません」と答えたら「じゃあ早めに行って食べさしてやろう」って名古屋で有名なお店に連れて行ってもらったんです。しかもターミナル内に支店があるのにわざわざタクシーで本店まで連れて行ってもらいました。「うまいかい」って言ってた顔が忘れられないな〜。
師は料理も得意で、よく楽屋で振舞ってましたね。ぜんまいの煮物なんか絶品でした。本当は頼める身分じゃないんですけど、お願いして作ってもらったこともありました。今考えると命知らずですよ、前座が幹部に頼むことじゃないですよね。それでも師は「お前さんのためにこしらえてきたよ」って、「煮物だけじゃなんだから白飯買って来な」至れり尽くせりでしたね。
この世界に入ったときから、ああいう風に格好良く歳とりたいな〜と思ってました。若い頃の師のモテ方は半端じゃなかったらしいです。あの志ん朝師でさえ「柳橋さんにはかなわねぇ」って言ってたほど歴史に残る色男だったそうですよ。
きっと向こうでも大モテなんだろうな〜

  Res: 弦六 (119) 件名: Re: 柳橋師の思い出 投稿日 : 2004年11月4日<木>00:10/東京都/男性/48才
人が死ぬと言うことは、「世間から忘れられること」だという人もいます。そういう意味では、俳優にしても噺家にしても、「俺の若い頃はああいう人がいてさ」と伝えてくれる人がいる限り、死んではいないのではないかと思います。少なくとも芸人としては。
可龍さんの想い出は、可龍さんにとってとても貴重なものであると同時に、柳橋師匠のお人柄を伝える「よすが」にもなると思います。この掲示板をはじめ、いろんなところで師匠の想い出を伝えていってもらいたいと思います。弦六
  Res: 池の家ぽ茶娘 (120) 件名: Re: 柳橋師の思い出 投稿日 : 2004年11月4日<木>19:05/東京都/女性/秘密
格好良くって粋で・・・。そういう噺家さんがまた一人消えてしまった、そんな気がします。でも、きっと柳橋師が可龍さんに残していったものは、どんな形であれ、また次の世代に引き継がれていくはずです。可龍さんが次の世代に引き継いでいかなくては・・・。「昔、落語ってもんがあったらしいよ」なんて、寂しい未来にならないように、「いい噺家が居なくなっちゃったねぇ、むかしゃあ一杯居たもんだよぉ」なんて、私がバーさんになった時に愚痴をこぼしていないように・・・。  ぽ茶娘

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